2021年8月8日にKindle Storeで電子書籍を発行しました。Kindle Unlimited対象になります。冒頭のサンプルと設定資料を公開しますので、趣味が合いそうだったら読んでいただけると嬉しいです。
【あらすじ】 東の国の王子ユエは18歳になって突然オメガだと判明。オメガ嫌いの父王から北の国の王妃になるか、性奴隷になるかの二択を迫られます。王妃になることを選んで北の国に来たけれど、王はこれまで娶った王妃を全員殺すような残虐な王で…… 作者がファンタジーものを書くにあたり、やりたかったシュチュエーションをこれでもか!と詰め込みました。最後までハラハラドキドキの展開になっていると思います。楽しんでいただけたら嬉しいです。


冒頭サンプル
1、死か奴隷か 「北の王と結婚するか、他のオメガと同じく性奴隷になるか、どちらか選べ」 東の王の父にそう選択を迫られ、ユエ・スメラギは迷うことなく結婚を選んだ。北の王は冷酷と評判で今まで嫁いだ2人の王妃は全員殺されている。死か奴隷か。苦痛が長引かない方が良い。第一王子として人柄も能力も魔力も知性も容姿も全て優れて次期王だともてはやされた彼の名声は、オメガだと判明した途端、地に落ちた。ようは厄介払い。捨てられたのだ。 神は海の上に丸い島を作り、4等分にして、東西南北の4つの国を作った。 東には『武力』を、西には『守護の力』を、南には『知恵』を、北には『癒しの力』をそれぞれ王家に与え統治させた。他の国を侵犯した国は滅ぶ。王が死ねば第一子が王を継ぎ、生存中王族を指名し譲位すればその者が王になる。しかしそれは神から与えられた能力を持った者のみと定められる。 この世界には男女の性別に加えて2次性というものがあった。 アルファは、優秀な支配する性。威圧フェロモンで他の性を従わせることができる。 ベータはいわゆる普通の人間。 そしてオメガは孕む性。男性でも妊娠が可能で、3カ月に一度の発情期には他の性、特にアルファを誘うフェロモンを出して誘惑する。アルファが生殖行為中オメガのうなじを噛むと番(つがい)になって、他のアルファを誘惑することがなくなる。番契約はアルファから一方的に解除できるが、負担が大きく、その場合オメガはほどなく衰弱死することが多い。番のアルファが死亡するとオメガは解放され自由になれる。 オメガは発情期のせいで、いやらしく汚らわしいと厭われることが多く差別の対象になっていた。東の国は特に酷く、10代後半で発情期が来てオメガだと判明すると捕らえられ身分も戸籍も剥奪されて性奴隷として働かされる。北の国は比較的オメガには優しく、優れた能力を受け継ぐアルファを産むので代々王妃はオメガと決まっているほどだった。 「馬鹿ユエ! なんで来た?」 石造りの細かい装飾の施された高い煌びやかな天井を、ポカンと口をあけて見上げていたユエを見つけて、北の王弟のアベルが走り寄ってきた。彼が兄に嫁ぐ為に北の国に送り込まれることを知ったのはつい先ほどで、必死で広い王宮内を探していた。 「凄いね! こんな高い天井も建物も初めて見た。綺麗。ここは廊下なの? 広くて開放感があっていいね。東の国は木造で天井の低い狭い家が多いから、ここと比べると窮屈だな」 物見遊山でもしているかのように呑気にしているユエをみて、アベルはその美しい金髪を振り、エメラルド色の瞳を怒りで昏くしながら、そんな場合じゃないとユエの肩を掴んで揺らす。彼はつい最近まで優秀なユエの元で魔法を習う為に5年間、東の国に留学していて彼と仲が良かった。危機的状況なのに、のほほんとしているユエにイラつく。 「話を逸らすな! なぜ王妃になるなんてことになるんだよ? 兄王に殺されるぞ!」 「仕方ないよ。オメガだったんだから。東の国のオメガは身分関係なく性奴隷になるのが決まってる。それが嫌だったら北の国へ行けって父に言われて、そうしますって答えたら、転移魔法使える魔法士が出てきて、ここに連れてこられて、ポイって捨てられたよ」 アベルは眉間にシワを寄せる。東の王のオメガ嫌いは有名だが、実の息子にこんな酷い仕打ちが出来るなんて信じられなかった。王の後継者の第一子なのに! ユエは完璧だった。東の王族は代々武力の『攻撃魔法』を神から与えられ得意とするが、彼の能力は桁外れだった。普通は1種類しか使えない火・水・木・風の属性が全て使える上に魔力は人の10倍はあり、兵士300人分の攻撃力はある。体術も剣術も強く、頭も良いので賢王になるだろうと周囲は期待していた。 一方、北の王族は『癒しの力』があって、アベルも回復系の魔法や記憶操作が出来る。しかし、ユエのように並外れてはいない。凄い力を持っているのに奢らず穏やかで優しいユエを尊敬しているし大好きだった。 「酷いだろ、こんなの。お前がどれだけ努力して次期王にふさわしくなろうとしていたか」 「アベルは優しいね。1人でもそう思っててくれたなら、僕は本望だよ」 「諦めるなよ、俺が逃してやるから!」 ユエは辛うじて笑顔を作れた。アベルの言う通り、凄く努力した。王子は自分一人だけ。妹は居るが、怖い父王の矢面に立たせるのは忍びなかった。どんなに優秀な成績を残しても父が褒めてくれたことは一度も無く、罵詈雑言を浴びせてくるばかり。可愛がってもらった記憶は一切ない。東の王族は元来攻撃的で非情な性格の者が多いのだ。 もう、疲れてしまった。 「オメガだと? 汚らわしい。目の前から早く消え失せろ」 父の最後の言葉。まるでゴミを見るかのような目。他は完璧でも、たった一つ、性別がオメガだというだけで、全てが無に帰してしまった。 「こちらにいらしたのですね、連絡を受けておまちしておりました。ユエ・スメラギ様。こちらへどうぞ」 迎えにきた10人ほどの女官に声をかけられ、一斉に傅かれる。 「ユエ! 待ってろ、どうにかするから」 「ありがとう、アベル」 ユエはアベルの後ろ姿を見送る。頑張って救う価値なんて自分にはない。なぜなら自分で自分が一番汚らわしいと感じていたから。オメガに対する差別なんてないと信じていたのに。父と同じだ。ただの偽善者。早く消えてなくなりたかった。 「ユエ様、湯加減どうでしょう」 「ありがとう、ちょうどいいです」 白い大理石で出来た大浴場。石で出来たライオンの口からドバドバ新しいお湯が湧き出す。北の宮殿は広くてすこし寒いから冷えた身体が温まる。東では小さな風呂に1人で入っていたので、女官が3人もついてくるのは恥ずかしくモジモジしてしまう。一段高くなっている場所に布が敷かれ、そこに横になれと言われて従うと、3人がかりで擦られた。 「あの、1人で洗えます」 「とんでもない、私たちの仕事ですから、どうぞ寛いでいてください。それにしても長くて艶のある黒髪が綺麗ですね。北では黒い色彩は珍しいんですよ。肌も白くきめ細やかで、うらやましい」 「恐縮です」 ユエの謙虚な姿勢に女官は世話をする彼の身体の上で顔を見合わせて微笑み合う。東の国の王子といえば凄まじい魔力と攻撃力の持ち主で、軍を仕切る厳しい人物だと評判を聞いていた。しかも嫌々北に来たのだ、機嫌を損ねれば殺されるかもしれないと心配していたが、大丈夫そうだ。 次に連れて行かれたのは衣装部屋だった。白いマーメイド型の刺繍の美しい体の線が出るドレスを着せられる。 「あの、僕男なんですけど……」 「お似合いですよ」 ユエの苦情を女官は無視して、衣装部屋の隣の大きな部屋へ。部屋の中央には天蓋付きのベッド、白を基調にした豪華な家具に応接セットが余裕のある空間に置かれている。彼の東の国での部屋は10畳の広さしかなかったので規模の違いに驚く。この国は何もかもが大きい。 「人柄が出て優しいお顔立ちですね。少し垂れ気味の大きい目が色っぽいです。赤いライン引いていいですか?合わせて口紅も真っ赤にしましょう。わぁ、美しいです。まさに東の美人、王もお喜びになるでしょう」 「長い髪は半分流して、あとは頭の上で結いますね、少し重いですけど、たくさん飾りをつけましょう」 「……」 鏡の中のユエは中性的で美しかった。もしかしてこれは花嫁衣装というものだろうかと、彼はここにきてやっと気がついた。豪華な筈だ。どうせ殺されるならこんなに着飾る必要などないのに面倒くさい。 「ほう、これはこれは、なんと美しい」 ドシドシと大きな身体を揺らしながら部屋に入ってきた男は、ソファに座っているユエの隣にドカっと座った。立って挨拶しようとする暇さえない。戸惑っていると、ニチャニチャと気味悪く笑い、ユエの手を取ってさすりながら自己紹介してきた。 「オルロフだ」 「こちらは、オルロフ公爵にあらせられます。王の叔父上にあたります」 「はじめまして。ユエ・スメラギと申します」 アベルの叔父でもあるのに、こんなに似てないなんてことあるんだ、と思わずジッとオルロフ公爵を見てしまった。ガマガエルにそっくりだと酷いことも考えてしまう。それを好意と勘違いしたのか、オルロフはユエの肩を抱いてきた。 「なんと愛らしい。どうだ、王では無く、私の番にならぬか?」 「……申し訳ありません。父には北の王にお仕えするよう申しつかりましたので」 「かまわん。実質私が北の王のようなものだ。同じ王家なのだから問題なかろう」 オメガの弱点のうなじを触ってきたので、反射的に手を振り払う。気持ち悪くて鳥肌が立った。もしかしなくても貞操の危機かもしれないと、慌てて身を引く。今までアルファとして生きてきて性的に見られることなんてなかったのに、こういうことがあると、自分はオメガになってしまったんだと、そういう対象になったのだと悲しくなった。 「これ以上近づくと攻撃します」 魔法を使う時や怒った時にユエの瞳は紅に染まる。指先から脅しで火を出すと、オルロフ公爵は恐怖で飛び退いた。女官を怒鳴りつける。 「お前たち、まだ魔法を封印してなかったのか! 封印してから、後で私の部屋に連れてきなさい!」 部屋に行けば何をされるか。絶対行きたくない。 女官たちはオロノフを部屋から送り出す。 「お騒がせして申し訳ありません、ユエ様。ハーブティをお入れしましょう」 茶器を持って女官が近づいてきた。そちらに気を取られ、反対側の女官がユエに腕輪をはめようとしているのに気がつかなかった。 カシャン。 腕輪を嵌められた瞬間、溢れ出る魔力が封じられたのが分かった。さっきと同じように火を灯そうとしても出来ない。 「これは……」 「西の国で作られた腕輪でございます。『魔除』の効果があるそうです。よくお似合いですよ」 ニッコリと悪びれず笑う女官を見て、この宮殿の中の人間は一筋縄でいかない者ばかりだと、ユエはゾッとした。 2、冷酷王 広い廊下にユエと女官の歩く音だけが響く。腕輪をされてすぐ伝達が来て、王と会えることになった。魔法が使えないのは心細い。でも体術にも自信があるので、よっぽどの事がない限り大丈夫だと自分に言い聞かせる。死にたい、消えたいと思っていたのに、ここにきて怖くなる自分に呆れる。 謁見の間は人が1000人入れるのではないかというほど広く、その一番奥の一段高くなった王座に、足を組んで肘掛に肘をついて頭を腕で支えて、王はだるそうに座っていた。いかにも冷酷で怖そうな雰囲気だ。できれば近寄りたくないと思いながら、ユエは真ん中に敷かれた青い絨毯の上を進む。 「なんと美しい」 「優秀な王子らしいですぞ」 「オメガでなければ東の王になれたのに」 両脇にズラリと並んで立っている貴族が、好き勝手にこそこそ喋っている。一番上座にアベル、その反対側の上座がさっき部屋に訪ねてきたオルロフ公爵だった。王座から少し離れた場所で止まると、ユエは王の顔をみないように伏せながら北の様式に沿った礼をした。 「おもてをあげよ。私が北の王、ラウル・フォン・バルツァーだ」 目を見てはいけなかった、とユエは後悔した。薄い透き通るような綺麗な水色の瞳に目が離せなくなる。本当に人間なのかと疑いたくなるくらい整った顔、東の国では見たことがない銀色の髪。その鋭利な美しさは、まるで氷の化身だ。 固まっているユエをしばらく目を細めながら見つめたあと、王は口の端を少しだけ上げて笑った。 「なるほど。ユエと言ったか」 「はい」 王は立ち上がり、ユエのそばに降りてきた。剣を抜き、振り下ろす。すんでのところで避けると、不満そうに言った。 「避けるな」 剣で切られるのを避けるなだって? と理不尽さに絶句するユエに今度は掴みかかってきたので、それも避ける。何がしたいのかわからない。まさか、もう殺そうとしているのだろうか。 「あの……」 「気に入ったから番にしてやる」 「え?」 困惑していると、水を香りにしたかのような透き通った匂いがしてくる。それを嗅いだとたん、身体に力が入らなくなった。 (しまった! これアルファの威圧フェロモンだ) このフェロモンを嗅いでしまうと、特にオメガは相手のアルファにあらがうことが難しくなる。身体から力が抜けて、立っているのがやっとのユエの後ろにまわった王は、ザクリ、と足と足の間に剣を突き入れて、そのまま下まで振り下ろした。 「ラウル! 何してる! お前、頭おかしいだろ!」 アベルの怒鳴り声が聞こえる。ユエを助けようと駆け出した所を兵士に止められていた。足の間を切られただけだから、怪我はしていない。けれどドレスは足の下で真っ二つになっていた。 綺麗に結ってもらった髪を引っ張られ、前に引き倒されて四つん這いになる。ビリビリと大きな音がして、背中が空気に触れる感覚がした。下着は着けていないから、下半身は背後から丸見えだろう。怖くて後ろが振り向けない。逃げようとしてもフェロモンの影響で身体に力が入らなかった。 「おい! やめろ! それ以上は許さない! ラウル!」 ……………… つづく
サンプルここまでです。不穏な始まり方ですが、中盤にはほのぼのラブラブまた辛い展開を挟みながら最後はハッピーエンドです。暇つぶしにでも読んでいただけると嬉しいです。